2025/10/02更新
前日譚
「山さ行がねが」のコンテンツを拝見させていただく中で、自分でも〝道〟に関する情報発信をしたいと、以前から思っていました。そこで考えたのが、自身がかかわる番組の企画として取り上げること。ただ、一般的な情報番組の中で〝道そのもの〟や〝廃道〟を企画として取り上げるのは、視聴率的にハードルが高い部分もあり、なかなか実現しませんでした。
その企画が実現したきっかけは「新型コロナの非常事態宣言」。それまで当たり前のように行えていた、複数スタッフによるロケ取材ができなくなってしまったことです。アナウンサーがカメラを片手に、ユーチューバーのような立ち位置で取材をし、人とあまり触れ合うことなく成立する企画(もちろん取材スタッフの三密も避けることが大前提)。そして世の中の人たちが、不要な外出や旅行そのものを自粛しなければならなかったタイミングで「冒険のようなご近所ドライブも楽しいですよ」という提案につながる企画として〝長野県道をドライブ〟という趣旨の番組企画を立ち上げました。
以上の動画は、20年ほど私が勤めていた民放ローカル局の「長野朝日放送」の番組「いいね!信州スゴヂカラ」です。私はこの番組に、プロデューサーとディレクターという立場で参画していました。地方の民放テレビ局でできる〝道〟の企画はこの程度が限界でした。
そんなさなかに、衝撃的な出来事が起こります。それが「道との遭遇」の放送開始でした。本当はあんな番組やりたかったんです(笑)
「山さ行がねが」を元ネタにしたYouTube動画案について
「山さ行がねが」のコンテンツを元ネタに、私ができる範囲でどのようなYouTube動画を作れるのか。いくつか考えているものを簡単にまとめてみます。
1:案内役のキャラクターが登場し解説するタイプの動画
一定数のニーズがあると思われる〝何らかのキャラクターが過去の事件や事故、歴史上の出来事などを解説する〟タイプの動画です。参考として以下に動画をリンクします。
特徴
- 知らない人に向けて、わかりやすく、興味が持続するように作られている
- 〝喋り〟と〝画面上に表示される「喋りを補強する文字情報」〟が主な要素になっている
- フリー素材や引用を多用することで、PCの中だけで動画制作が完結している
- タイトルの付け方やサムネイルなどで〝少々過剰に期待感を煽る〟YouTube的な味付けが施されている
例:山さ行がねがの「長野県道55号大町麻績インター千曲線 差切峡」のレポートを元にAIが作成した解説動画の台本案
以下は、平沼さまが作成されたレポート「長野県道55号大町麻績インター千曲線 差切峡」を元に、ChatGPTが作成した解説動画用の台本案です。
こちらをクリックしていただくと「ナレーション台本案」が展開します
【つかみ】衝撃のオープニング
藪に隠された旧道に、崩落寸前の明治隧道が!
長野県の山間に、そんなドラマの舞台のような道があると聞いたら、あなたはどう思うでしょうか?
今回は、県道55号、通称「差切峡区間」に隠された道の歴史をじっくりひもときます。
これは単なる廃道探索の話ではありません。
そこには、明治から昭和、そして現代に至るまで、人がこの谷をどう越えようとしたか、その挑戦の記録が刻まれています。
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第一幕:差切峡という舞台
【地形の成り立ちと交通の要衝】
差切峡は、犀川の支流・麻績川が生坂山脈を貫くことで形成された峡谷です。
麻績盆地は周囲を山で囲まれた盆地で、差切峡はその唯一の出口。ここを通らなければ水も人も出入りできません。
古くは善光寺街道(北國西街道)が麻績盆地を通り、江戸から善光寺詣でをする旅人が行き交いました。
当時の交通は徒歩か馬。狭い谷を越える道は、岩を削り土を盛り、なんとか通れる程度のものでした。
【明治から昭和へ:道路の整備】
明治になると、政府は全国の道路網を再編します。
明治9年には道路取締規則が制定され、明治44年には旧道路法が施行。
「府縣道」「里道」「国道」といった分類が定められ、麻績川沿いの道も府縣道中島大町線として位置付けられました。
昭和に入ると、自動車交通に耐える道幅と線形が求められ、隧道群の建設が計画されます。
昭和28年、差切峡に6本の隧道が竣工。これが現在の県道55号の原型となります。
【現在の県道55号】
現在の県道55号は主要地方道として国道403号と国道19号をつなぐ重要路線です。
しかし、道幅は狭く、カーブは急、重量制限は2.0トン。
大型車は通れず、ドライバーには一定の緊張を強いる道です。
それでも、この道は地元住民にとって大切な生活道路であり、同時に差切峡の景観を楽しむ観光道路としての顔も持っています。
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第二幕:隧道群と旧道の歴史
【地形図で見る変遷】
昭和27年応急修正版の地形図を見ると、当時すでに複数の短い隧道が描かれています。
しかし、「道路トンネル大鑑」に掲載された昭和28年竣工の隧道群と比べると、位置や数が微妙に違っています。
これは、昭和28年の道路改良時にルートが付け替えられた可能性を示唆しています。
実際に地形図を重ね合わせると、現在の差切トンネル付近には、隧道を介さずに崖を巻くような旧道の線形が確認できます。
地図上の細い線を目で追うと、まるで過去の道筋をタイムマシンで覗いているかのような感覚になります。
【現地で出会う旧道】
現地では、差切トンネルの脇に旧道の入口が残っており、さらにその脇に旧々道とみられる道も確認できます。
切り通し、石積み、片洞門。舗装は失われていますが、かつて車が通ったであろう幅を感じる道筋が続きます。
「ああ、ここをトラックが走ったんだろうな」
と、思わず想像してしまう瞬間です。
周囲には紅葉、谷底からは川の音。探索者はカメラを構えながらも、しばらく立ち止まって当時を想像せずにはいられません。
【差切5号隧道と番号改変の謎】
旧道の先に現れるのが差切5号隧道。
しかし、坑門の窪みを見ると、かつてはもっと長い扁額がはめ込まれていた痕跡があります。
おそらくここは、かつて「差切6号隧道」と呼ばれていた隧道。
昭和40年代にひとつ前の短い隧道(現5号)が撤去され、番号が繰り上がったと考えられます。
番号を詰める改名は珍しく、多くの場合は「欠番」のまま残されることが多いのです。
この現場は、道路管理者が意識的に番号の整合性を保とうとした痕跡といえるでしょう。
【失われた5号隧道】
昭和27年の地形図には、13メートルの短い隧道が描かれています。
現在そこは切り通しになっており、かつての隧道は完全に姿を消しています。
切り通しの両側には新しい法面が作られ、往時の面影はほとんどありません。
それでも、地形図と照らし合わせると「ここにあった」と確信できるのです。
【差切3号隧道と明治隧道の発見】
差切峡の核心部、巨大な岩山を貫く差切3号隧道。
その西口付近の斜面を登ると、片洞門の先に小さな素掘隧道が現れます。
見つけた瞬間、思わず息を呑みます。
こんな場所に、まだこんなものが残っているのか――。
この隧道は全長6mほど。中は乾いており、岩盤は硬く風が通り抜けます。
後年の調査で、これが明治期に掘られたものであることが判明しました。
現道よりも1m高い位置にあり、旧道の存在を如実に示しています。
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第三幕:道路史と未来への考察
【道路行政の移り変わり】
昭和27年、新道路法施行により「府縣道」は「都道府県道」に名称変更。
しかし、昭和35年に竣工した冷沢橋の銘板には「府県道」と刻まれており、現場では旧称が残っていたことがわかります。
これは、行政の呼称変更が現場に浸透するまでに時間がかかったことを示す、貴重な証拠です。
また、親柱に路線名「中島大町線」と書かれている点も興味深いところです。
現在の県道55号は「大町麻績インター千曲線」と呼ばれていますが、当時は旧路線名でした。
【道路文化財としての価値】
差切峡の隧道群と旧道は、昭和の道路改良史を体感できる「生きた博物館」です。
廃隧道、片洞門、石積み、橋梁銘板。どれもが道路史を学ぶ上で重要な資料です。
これらが完全に失われる前に、記録や保存活動が必要です。
【探索者の感情と学び】
探索者は言います。
「道をたどることは、歴史をたどること。
岩を削り、谷に橋を架けた人々の努力を思うと、ただ車で通り過ぎるのがもったいなくなる。」
道路は便利さだけでなく、人の挑戦と地域の物語を伝えるメディアなのです。
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【エンディング】
藪に隠された旧道、崩れかけの明治隧道、番号が変わった5号隧道。
一本の県道が持つ物語は、決して短くありません。
次にこの道を訪れるときは、ぜひ車を降りて、片隅に残る旧道を歩いてみてください。
きっと、かつての旅人や工事に携わった人々の息遣いが、風に混じって聞こえてくるはずです。
以上のようなシナリオに基づいてナレーションを生成し(現在のところAIボイスによるナレーションを想定しています)、参考動画のような特定のキャラクターが語りをしているような体裁を取ります。さらに、山さ行がねがのサイトより引用した画像や平沼さまよりご提供いただく画像。地理院地図、Googleマップを元に加工を施したわかりやすい位置情報。フリー素材を使用した臨場感の演出などを追加して動画を作成していく方法を想定しています。
2:平沼さま自身がナビゲーションする動画
上記の「案内役のキャラクターが登場し解説するタイプの動画」によく似た動画になりますが、平沼さま自身が登場(または声の出演を)し、語りを担当します。おそらく、平沼さまや石井さまが開催されているトークイベントのような内容や展開に近い動画になると思われます。探索した御本人が語ることで、より感情のこもった臨場感の表現の動画になると思います。
ただこの動画の場合、平沼さまに自身の喋りを収録していただかなければならないという手間をかけることになり、その分の報酬をどうするか…などの環境整備が必須であると考えます。
ちなみにこの案は、今回平沼さまに動画制作の承認をしていただけたことで思いついたものです。当初は考えてもいなかった動画になります。
3:探索の臨場感に重きをおいたストーリーリーディング風動画
こちらもYouTubeで人気の高いジャンルの動画になります。参考として以下に動画をリンクします。
このパターンもシナリオ案を作成してみました。山さ行がねがで公開されている「塩那道路」をベースにしています。
こちらをクリックしていただくと「シナリオ案」が展開します
第一幕 序章:禁断の道へ
栃木県道266号──中塩原板室那須線。
通称「塩那道路」。
その名を聞いただけで、オブローダーなら胸がざわつく。
最高到達高度、海抜一七〇〇メートル。
奥羽山脈の稜線を縫い、全長五一キロに及ぶ幻のルート。
しかし──
その大半は通行止め。
パイロット道路として作られながらも、工事は中断されたまま。
現在は管理車両以外、誰も足を踏み入れられない“禁断の道”となっている。
「やっと来たな。」
道の駅塩原で、我々は互いに頷きあった。
夜は雨、眠れぬ車中泊の夜を越えて、いま夜明け前。
目指すは、全長七七キロの周回コース。
塩原から塩那道路を突破し、板室温泉へ抜ける。
これまで数々の峠を越えてきた。
仙岩峠、万世大路、大峠──
だが、この道は特別だ。
夢に見た道。
ここを走らずして、山チャリ人生は終われない。
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第二幕 挑戦:封鎖を越えて
午前四時十五分。
小雨の残る国道四〇〇号線を西へ。
箒川は潜竜峡と呼ばれる狭い谷を流れ、岩肌に白い飛沫を上げる。
古い猿岩隧道を抜けると、山はさらに深くなる。
「静かだな。」
「いや、東京から来た車が多い。ほら、ナンバー見てみろ。」
確かに、宇都宮や大宮、練馬のナンバーが通り過ぎていく。
東京圏から週末ごとに人々が押し寄せる観光地──
ここはもう東北ではない、首都圏の後背地なのだ。
やがて、塩原温泉郷。
箒川沿いに並ぶ旅館街を抜け、最後のコンビニで補給。
「これが最後の水分だ。あと五十キロは自給だぞ。」
午前五時半、県道二六六号との分岐に到着。
ここが、塩那道路の起点だ。
雨は止んだ。
ナトリウムランプに照らされたT字路は、朝もやに沈んでいる。
「行くか。」
「行こう。」
最初のゲート。
時間帯通行止め、除外は管理車両。
無言でチャリを担ぎ、柵を越える。
七重のヘアピンが始まる。
勾配は七パーセント、法面には六角形のコンクリートブロック。
朝露が滴る舗装の上を、ペダルがギシギシと音を立てる。
「この先八キロ、ずっと登りだぞ。」
「まだ脚は残ってる。行ける。」
やがて、土平の重厚なゲートが現れる。
厚い鋼鉄製、施錠された扉。
何度も繰り返される「歩行者も進入禁止」の文字。
「やめるか?」
「いや、行く。」
チャリを担ぎ、脇の柵を越える。
ここから先は、誰もが足を止める境界線。
森は一気に静まり返り、鳥の声すら遠ざかる。
ただ、呼吸と心音だけが響く。
そのとき──
轟くエンジン音。
「来たか…!」
背後から近づく車の音。
捕まるかもしれない。
逃げるか、止まるか、一瞬の迷い。
しかし軽トラは我々を追い越し、ただ前へと消えた。
「……行けるぞ。」
安堵と緊張が入り混じる。
ここからが本当の塩那道路だ。
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第三幕 頂への道と絶景
九十九折りの坂を登りきると、標高一一〇〇メートル。
視界が開け、遠くに稜線が見えた。
小蛇尾川の源流部を八キロ巻きながら、道は最大標高一八〇〇メートルを目指す。
「あそこまで行くのか…?」
ゆーじ氏が息を呑む。
下りに転じる区間で水車小屋広場に到着。
ここが塩原側で唯一の“底”。
「ここから先、十二キロの登りだ。」
補給を終え、再びペダルを踏む。
道は徐々に未舗装に変わり、草が車道に侵食する。
キャタピラ跡が鮮明に残り、管理車両の数の少なさを物語る。
「こんな道、よく維持してるな。」
「年間四千万かかるらしいぞ。」
途中、山菜採りの軽トラと遭遇。
「熊が出るぞ、気をつけろ!」
地元の人は鍵を持ち、合法的にこの道を行き来しているらしい。
そして現れた、唯一の橋──三号橋。
親柱も銘板もない無名の橋。
「ちょっと待て、探してみる。」
橋の欄干から身を乗り出し、カメラを差し入れる。
何度もシャッターを切り、やっと見つけた銘板。
「一九七一年三月 栃木県建造」
風が唸り、足元から谷底まで一気に落ち込む空間。
ここが、塩那スカイライン計画の象徴だ。
橋を渡れば、再び急登。
斜度は一五パーセント、息が上がる。
「まだ行けるか?」
「行ける。行くしかない。」
砂防ダムが連続し、谷の地形は人工的に変えられている。
裸地にはフトン籠が並べられ、植生の回復が始まっている。
廃道化工事が静かに進行しているのだ。
「この道、いつか完全に森に埋もれるのかもしれないな。」
「だから今、来たんだろ。」
やがて、稜線直下。
日留賀岳を仰ぎ見れば、道は頭上を二度横切っている。
最大スパン九キロの九十九折り、標高差五百メートル。
「見ろ、あれが峠だ!」
ついに、稜線に到達。
海抜一七〇〇メートル、ここが塩那道路の頂点。
風が強い。
遥か下には小蛇尾川の谷、遠くに那須連山の峰々。
「やったな…。」
「ああ、やった。」
ここから先は板室側への長い下り。
しかし油断はできない。
落石、濡れた路面、そして熊。
だが、下りきった先に待つのは板室温泉。
ゲートを抜けた瞬間、我々は互いに顔を見合わせ、笑った。
「やり遂げたな。」
「ああ、夢が叶った。」
こうして、我々の塩那道路走破は完結した。
この道はもう二度と同じ姿では見られないかもしれない。
だが、今日見た景色は、きっと一生忘れない。
このパターンで心配なのはAIボイスの表現力だけで乗り切れるのか?ということ。表現力が豊かである程度きちんと喋りができる人物に語りをお願いする必要がありそうです。
ここからが2025/10/02更新した内容です。
AIナレーション プロトタイプ
AI音声を用いて、ナレーションのプロトタイプを作成してみました。男女混合版がしっくりくるかなぁと思っています。
AI音声 男性版
AI音声 女性版
AI音声 混合版
YouTubeチャンネルの開設
名称は仮のものです。
